585-1 ▼ 自分を責める癖
自分の話で恐縮ですが、わたしは、何かうまくいかないことがあると、自分を責めがちです。
若い頃は自分以外の誰かや何かを責めることも多かったのですが、歳を重ねるにつれて、我が身を振り返って反省するようになりました。
世間では、どちらかというと、誰かを責めることに比べて、自分の身に引き付けて反省できるほうが良い、という受け取られ方をしているように思います。
確かに、誰かを責めていても何も変わりません(行動の主体がその「誰か」になるからです)が、自分に改善点があるとわかっているなら、一歩ずつでも物事を良くして動かしていけます。
そういう意味では、自分を責めているほうが良いのかもしれません。
585-2 ▼ 身体の原理原則から見た「責める」こと
そうした社会的・倫理的な価値観とは別に、身体の観点から見てみるとどうでしょうか。
身体の原理原則では、自分を責めても、他人を責めても、どちらの場合でもあまりうまくありません。
身体の働きを十全に発揮できる状態にはならないのです。
責める対象が「誰か」であっても「自分」であっても、責めていることに変わりはないということです。
「責める」とは、過去の何かに捉われているということを意味しますが、身体の働きは、「今、ここ」の現在地を認識しているときにこそ、最も大きな力を発揮します。
瀧本も、そんな身体の原理原則を繰り返し体験してからは、少しずつ自分を責めることを手放し、「誰も・何も責めない」「ただありのままに認識する」ことに向けて進みつつあります。
なかなかすぐには変わらず、自分を責める気持ちがひょっと顔を出したりして、一進一退の状況ですが(^ ^)
585-3 ▼ 何も責める必要のない世界
育児療育中に何かトラブルがあると、自分を・誰かを・何かを責めることがありがちです。
「自分の育て方が悪かったのでは」
「あのときもっとこうしていれば」
「先生のやり方が合わないせいで」
「社会のシステムが柔軟でないから」
など、など、、、
そうした気持ちを否定する必要は全くありませんが、身体の原理原則から見れば「何も責める必要のない世界」が、すぐそこに広がっています。
もし感情の整理に悩まれることがあれば、ぜひバランスセッションにいらしてみてください。
「誰も・何も責めない」「ただありのままに認識する」ことを一度でも体感してみると、きっと物事が動き始めますよ。
本日は以上です。
次回の配信は4/4(月)です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。
自分の身体からの答えを知りたい方へ
身体の現在地を認識する
心と身体のバランスを整える
身体からのメッセージを受け取る
心身と対話する静かな時間をお過ごしください
あなたの身体がいま動きたいと思っている方向・速度・幅で波を通し、身体の現在地から心身のつながりを深めます
あなたの身体の中にある「今もっとも必要なこと」「いま伸びたいと思っている芽」をそっと後押しします