こんにちは。三輪堂です。
面白く生きる連載、172通目です。

172-1 ▼ 空気が読めすぎる

最近、とても繊細な、相手の気持ちを読むことに長けた方々のお話をうかがうことが多かったため、今日はそのあたりを書いてみます。

空気を読むことが非常に上手な人たちがいて、その人たちは、その場にいる全員の気持ちを慮り、寄り添い、共感して、場の雰囲気を穏やかに和やかにしてくださいます。一緒にいるとこちらを穏やかな気持ちにしてくださるのですよね。

その一方で、こういった方々は、空気が読めすぎるあまり、

相手の気持ちを気にし過ぎて自分の気持ちを素直に表現できなかったり、まず相手の気持ちありきで自分の気持ちを用意する習慣がついていたり、相手の態度から自分の態度の正解を決めたり、

といった行動をすら取っておられます。
それがご自身にとって当たり前の行動になっているため、自分の気持ちが後出しになっていることに気づいていないこともあるように思います。

172-2 ▼ KYさんと繊細さん

KY(空気が読めない)という言葉が流行したのは2007年あたりのこと。この頃は空気を上手に読めることが称賛されていたわけですが、それから10年以上が経って、空気を読むという作業に対する世間の捉え方も変化してきているように思います。

今はどちらかというと、空気を読み過ぎる繊細な人に対する理解が深まりつつあり、空気を読まずに我が道を行く人には、呆れながらも共感するとか、賛嘆するとか、そういう見え方ができつつあるのかなと思います。

いったん両極に振れた針が、ちょうど中庸の位置に戻ってきつつある感じですね。

172-3 ▼ まずは自分の身体を大切に

わたしは個人的には、空気なんて読もうが読むまいが、どっちでもいいと思っています。そもそも「空気」に正解なんてないのですから、自分がそうと受け取った「空気」を貫けばいいと思います、が、繊細に空気を読む人にはそうもいかない問題なのですよね。どうしても気になってしまう、そういうものなんですよね。

空気を読めることも、読まずにいることも、どちらも素晴らしいことだと思います。
ただ、空気を読み過ぎて自分が後回しになっていると、どこかで息苦しくなってしまいます。

空気を読むなとは言いません、それは無理なのだとわかっていますから。

だから、まず自分の身体を大切にすることを第一に。
そうすれば自分の心も労わってあげることができます。
空気を読むのは、その次にしてあげましょう。

どうでしょうか、そのくらいなら、できそうじゃありませんか?(^ ^)

自分の身体を大切にするってどうしたらいいかわからない、どうしても相手の空気を気にしてしまう、

そういう方はどうぞ相互循環セッションにいらしてください。

本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。