こんにちは。三輪堂です。
面白く生きる連載、166通目です。

166-1 ▼ 自分の言動が誰かに

昨日まで、身体が受け取る情報についてお伝えしてきました。

頭で知覚する情報と比べると、身体が受け取っている情報は約28万倍も多いといいます。
物事を頭で考えるのでなく身体で味わえるようになると、心身のつながりがよくなって、「選ぶ」「決める」力もだんだん深まっていきます。(156~158通目参照
そういった世界を体感してみたい方はどうぞ相互循環セッションにお越しください(^ ^)

さて、今日からはまた毎日ちょっとずつ違う話をしていこうと思います。
本日は、「自分のちょっとした言動が誰かに響いているかもしれない」ことについて書いてみます。

166-2 ▼ メッセージはどこから届くかわからない

最近、わたしは、身近な方の、ある何気ない一言に背中を押してもらって、生活習慣を変えることを決心しました。
今まで完全に昼夜逆転しているくらいの夜型だったのですが、朝型に移行しようとしています。
それを今日からスタートしているので、この記事を書いている10/27(火)23時現在はもうだいぶ眠いのですが、まあそれは置いておいて。

そのきっかけとなった「何気ない一言」というのは、わたしとは全く関係のないところで、全く違う話題について話されていた中での一言で、たまたま人づてにその話を聞いただけです。

でも、それを聞いた時にフッと、自分も新しい生活習慣に踏み出す時だな、現状を変えるのは今だな、という気になったのです。

こんな風に、自分に響くメッセージというものは、どこからどんな風に届くか全然わからないんですね。

166-3 ▼ あなたの存在がどこかで誰かに響いている

ということは、それを逆に見ると、

「自分自身の言動が、いつどこでどんな風に誰かの心を揺らすかわからない」

ということですね。

あなた自身が言ったこと・したことが、めぐりめぐって、どこかの誰かを励ましたり、背中を押したり、優しく包み込んだりしているかもしれません。
あなた自身には全くうかがい知れないところで、誰かがあなたに救われていることがあるかもしれません。

自分が気づいていないだけで、自分の存在は、この世界のどこかできっと誰かに寄り添っている。

自分に自信が持てない時、そんなことを思ってみるのも良いのかもしれないなと思います。

本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。