こんにちは。三輪堂です。
面白く生きる連載、122通目です。

122-1 ▼ 自分は伝えたと思っていても

昨日は、「伝える」と「伝わる」について書きました。

伝える=外側にくっつける
伝わる=内側に届く

そんなイメージです。

多くの方にご経験があると思いますが、誰かとやりとりをする時に、こちらが伝えたと思ったこととは全然違うように相手には受け取られていたということがありますね。

これも、自分が「伝えた」ことと、相手に「伝わった」ことの違いです。

122-2 ▼ あなたは伝えられますか

療育や教育の現場で先生方と親御さんが話し合いをする時は、非常にしばしば、この「伝えたことと伝わったこと」の違いが生まれます。

療育や教育の現場で起こる大人同士の難しさの、かなりの割合がここから発生しているのではないかと思うくらいです。

たとえばあなたが親御さんの立場だとして、先生にお子さんについて何か相談したかったとします。その時、お子さんについて感じている悩みや不安を、1から10まで全部、言葉で話せるでしょうか?

またたとえば、あなたが先生の立場だとして、園や学校で日頃見ているお子さんのご様子を親御さんに話したかったとします。その時、具体的な事例から自分が感じている印象から、自分の頭に思い浮かべているその子の姿をそっくりそのまま話せるでしょうか?

どちらも、非常に難しいことだと思います。

122-3 ▼ 療育と同じ

療育とは、ある意味では、さまざまなルートを駆使して相手に何かを伝えようとするプロセス、と言えると思います。

たとえば発達上の課題があって言葉でのやりとりが難しいお子さんや、見る力や聞く力や受け取る力に弱さのあるお子さんには、ただ言葉で伝えてもこちらの意図は伝わりません。その子たちにとって伝わりやすいように、絵や写真を使ったり、手で触って動かせる教材教具を使ったりして、さまざまな概念を表現していきます。

大人同士のやりとりも同じことで、一方的に伝えようとして伝えられることには限りがあります。
さまざまなルートを駆使して、「相手に伝える」よりも「相手に伝わる」ものを重視したいなと思うのです。

「伝わる」ことの精度をより上げるためには、自分自身が、外側にくっつけるのではなく内側を見る存在であり続けることが大切です。

そのための方法も追々お伝えしていけたらと思っています。

本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。