666-1 断る自由、断らない自由
お子さんが不登校だという方からメッセージをいただきました。
前回の記事に関連して、子供が学校に行きたくないという「断る自由」を、親として全く認めてあげられておらず、学校に行かない我が子を内心で責めていた、というお話でした。
逆説的なようですが、断る自由もあれば、断らない自由もあります。
お子さんが「学校に行きたくない」のも自由ならば、親御さんが「学校に行ってほしい」と願うことも自由です。
学校に行ってほしいのに子供が行ってくれない、という状況は、親御さんにとっては苦しいものですね。。
こういうとき、親御さんはなぜお子さんに学校に行ってもらいたいと感じるのか、もう一度ご自身の内側を見つめ直してみていただくのはどうだろうか、と思います。
666-2 親自身の学校観が影響する
多くの場合、親御さんご自身の体験から「学校観」のようなものが見えてきます。
たとえばわたしの場合は、学校とは「学びを楽しむ場」でありたい、と考えています。
(自分自身は学校は嫌いでしたが、勉強は好きで、ほぼ休まず通学しました。)
学びとは、算数や国語のような机上の学問を通してするものだけでなく、お友達と遊ぶとか、教室のメダカの世話をするとか、部活に全力を尽くすとか、人それぞれの学び方、楽しみ方があります。
自分が夢中に取り組んだ出来事の中から自分にとっての「学び」を得られれば、それが場の価値ではないかと思っています。
だとすれば、そうした「学び」は、学校に行かなくてもできます。
目の前の物事から何をどのように受け取るか、が学びのポイントになってくるのであって、学校という場にいる必要性はそんなに高くありませんね。
そうなると、子供たちに伝えることは「学校に行きなさい」ではなくなってきます。
自分の中に「受け取る力」が眠っていること、わたしたちはこんなにも彩り豊かな世界に囲まれていること、そうしたことに気づくきっかけを提供していこう、などという発想が出てくるだろうと思います。
666-3 一人ひとりの価値観を大切に
と、これはあくまでわたし自身ならこう考えるかなという例です。
学校に行きたくないお子さん、学校に行ってほしい親御さん、どちらの思いも大切です。
親子でも夫婦でも、みな一人ひとりの人間として価値観や考え方が違います。
それぞれのご家庭で、それぞれの学校観、教育観、育児観、人生観を、じっくり見直す時間を持ってみてはいかがでしょうか。
そのことでお子さんが学校に行くようになるかはわかりませんし、親御さんの望む答えが得られるのかどうかもわかりません。
でも、きっとご家族のこれからの道しるべになってくれることは間違いないですから。
本日は以上です。
それでは、また。
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