生きることに目的が持てないときにやるべきこと

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270-1 ▼ 「生きることに目的が持てません」

TWで「生きることに目的が持てません」というDMをいただきました。
DMが多すぎて、いつもは申し訳ないのですがとても見きれずにいるのですが、今日は不思議と目に入りました。
そこから思ったことを書いてみます。


わたしは以前、予備校に勤めていて、浪人生の進路指導を担当していました。
大学受験、中でも難関と呼ばれる大学を目指すようなお子さんたちは、予備校に来れば一日中勉強することが期待されています。
が、時には勉強したくないとき、勉強に悩むときだってあります。
そういうときに相談に乗るのが進路指導担当の我々の役目でした。

わたしは、勉強したくないと言う生徒さんたちに、一日くらい勉強しなくたっていいよ、と言ってしまっていました。
(マニュアル上は勉強を促さないといけないことになっていたのですが。。)
でもわたしは本気で勉強なんてしなくたって良いと思っていました。
嫌々勉強したって面白いわけがないのですから。

たとえば医師になりたいとか、~~の分野の勉強をしたいとか、興味関心が明確で目的意識がはっきりしている子なら、また別の言いようがあります。
でも、当時わたしがお話していたお子さんたちは、小学校から高校まで順調に進んで来て、大学受験で初めて挫折を味わって、突然、予想もしていなかった「浪人生」というステータスに放り出された子たちでした。
本当なら大学生という役割を果たすはずだった一年を、まるまる浪人生として足踏みすることになるのですから、混乱して当然だと思います。

270-2 ▼ 何のために勉強するのか

わたしのいた予備校は、偏差値や知名度で進学先を選ぶのではなく、「自分のやりたいことができる」学校に行こう、という指導方針でした。
でも、自分のやりたいことなんて大人だって答えられる人は少ないのに、10代の子たちがいきなり世の中に放り出されて「あなたは何がしたいの?」と問われても、答えがすぐに出る子のほうが少数派です。

だから多くの子は、何のために受験するのか、何のために勉強するのか、よくわからないまま予備校に来ていました。
一応「受験する」という目標は全員が持っていますが、それは本当の意味での目的とは違います。

目的意識が明確にならないまま勉強していても、行動にパワーが乗りません。
一年間の受験生活を乗り切るエンジンが弱いのです。

だからこそ、一日くらい勉強を休んで、一度勉強というルーティンを手放して、何のためにやるのか真剣に考えたらどうか、と言いたかったのです。


多くの子は、そうは言ってもなかなか横道に逸れることはしませんでした。
予備校といえば勉強する場所と思い込んでいるところに予備校側の人間から「勉強なんてしなくていい」と言われると、それだけでモヤモヤがある程度リセットされるらしく、多くのお子さんは「そう言われたらなんか気持ちが変わった」といって素直に勉強に戻っていきました。

(そのくらい純粋で素直な子が多かったということですね。
そんなふうにお子さんを育ててこられた親御さんたちのお人柄や、お子さんの中に育まれた継続力に、今でも心から尊敬を覚えます。
わたしが同じ立ち位置にいたら、当時のあの子たちのようにあんなに勉強を続けられていたかわかりません。。。)

270-3 ▼ 置かれた場所で、目の前のことを

ひるがえってわたしたち大人はどうでしょうか。
それぞれ自分の仕事や生活がありますが、それを通して何をしたいのかは常に明確になっているでしょうか。
常に自分の目的に向かっているのでしょうか?

冒頭のTWの方のように、目的なんてわからないという方もいると思います。
乳幼児や、配慮を必要とするお子さんをお持ちの親御さんなどは、今日を過ごすので精一杯、という方も多いのではと思います。

そういうときは、「ただ目の前のことを一生懸命やる」のがいいのだろうと思っています。


人には、「置かれた場所」というものがあるのだろうと思います。
本人が望む望まないに関わらず、今いる場所にふと置かれる、状況がそうなる、ということがあります。
受験に失敗して浪人した子たちなんて、まさにそうですね。

そういう子たちがどうやったら成功するかというと、ただ目の前のことを淡々とやる、これに尽きました。
一年後に志望大学に合格していったのは、あれこれと余計なことを考えたり、取り越し苦労をしたり、不平不満を言ったり、言い訳をしたりする子たちより、淡々と進んでいく子たちであることが圧倒的に多かったのです。

受験生なら、今やるべき英語の勉強を全力でやる。
次の時間は数学を真剣にやる。
置かれた場所で求められることを淡々とやる。
それを繰り返すだけでOKなんですね。

大人も同じで、過去の後悔も将来の不安もあまり考えないで、たとえばお子さんと一緒にいるときにはお子さんにただ向き合う。
お子さんと一緒に泣いて笑って過ごす。
最初の一歩はそれだけで良くて、その一歩一歩を淡々と繰り返しているうちに、いつの間にかどこかにたどり着いていて、きっとそのときに初めて、何かが見えてくるのだと思います。


本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。

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この記事を書いた人

楽しい療育の三輪堂 主宰

身体の原理原則で、育児も人生ももっと面白く。

ふとしたきっかけでゼロから独学で療育を学び、療育の知恵はあらゆる人に当てはまる人生の知恵であると確信。従来の療育知識に整体・武学体術・エッセンシャルオイル等を取り入れ、身体の原理原則にもとづいて無理なく心身を活かす道を提案中。日常生活のすべてが学びになり、よりよく生きるヒントに変わる生き方を実践しています。

活動フィールドは、情報発信・執筆・オンライン療育相談・身体と心のつながりを深めるセミナー・エッセンシャルオイルと整体を組み合わせたケア・志を発信する媒体作成など。

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