418-1 ▼ 言葉で概念をつくる
前回は、言葉の練習に欠かせない2つのポイントという話の中で、言葉は身体から生まれると書きました。
前回の記事はこちら
言葉の練習に欠かせない2つのポイント
https://sanrindou-members.com/go/5823/
今回は、身体の中にあるものを言葉にしていくことについて。
自分の内面を言葉にする、文章にするといった作業は、自分の感情などを客観的に見るために効果的です。
文章にする=概念をつくるということだからです。
たとえば不安、焦り、恐怖といったネガティブな感情を、言葉に表現していくことで克服していくというアプローチがあります。
これも、捉えどころのない感情というものに言葉で輪郭を与え、客体化していく作業です。
療育で感情のコントロールの練習をするときも、まずは自分の気持ちに名前をつける(ドキドキする、イライラする、ムカつく、、、etc.)ところから始めることがよくあります。
形がないものは見えないし手がつけられないけれど、形があれば対処できるようになりますね。
418-2 ▼ 言葉にすることは、何かを捨てるということ
たとえば紙に「イライラ」と書いて、その紙をくしゃくしゃに丸めて捨てるといったワークがあります。
子供だましのように思えるかもしれないのですが、これが意外と、大人がやっても本当にイライラが軽くなってスッキリしちゃったりします。
客観視するということはこれほど力があることなのですね。
と同時に、言葉にするということは、必ず、何かを捨てるということを伴います。
自分が感じている無数の感覚・感情を、一つ残らず、過剰も過少もなく、言語で表現するのは不可能です。
「ドキドキする」の一言で丸めた感情の余白に、本当はどれほど複雑な思いが乗っていたとしても、「ドキドキする」という言葉を選択した時点で、その余白をひとまずは切り捨てたということになります。
切り捨てることで、自分が扱えるスケールの情報になるのだし、切り捨てたことで、失ってしまうものも当然あります。
逆に言うと、切り捨てるくらい余分なものをたっぷり持っていなければ、概念を言葉にすることはできないということです。
418-3 ▼ 余分な物事があるからできること
言葉に困らない人は、自分が何気なく使っている言葉の、その言葉を選択する前の段階で、自分がどれほどの情報を捨てているかにはなかなか気づけないものです。
前回も書いたように、知識としての言葉はもちろん大切です。
「リンゴ」という言葉を知らなければ、その果物を見ても表現ができませんから。
と同時に、自由に言葉を表出するためには、切り捨てるための余分な情報を、自分の内側の世界にたっぷりと持っておきたいもので、
それこそが、身体が受け取るさまざまな体感や体験なのだろうと思っています。
何か一つの物事を行うためには、その後ろで、一見すると目には見えない、無駄に思えるような物事がたくさん動いています。
自然に身に着けていくお子さんもいれば、何年も練習してようやくこぼれ出すお子さんもいる、言葉の育ちというもの。
その言葉を育むという行為の奥深さに、いつも驚かされています。
本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。
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