アニメ『チェンソーマン』を見て
ものすごく今更ながら、アニメ『チェンソーマン』を見ています。
原作は2019年から少年ジャンプで連載され、2022年にテレビアニメ化、2025年にアニメ映画化されていますので、
既知の方も多くいらっしゃるかと思いますが、一応、ご存じない方のためにめちゃくちゃざっくり説明すると、
特殊能力を持った人たちが世にはびこる悪魔を倒していく
みたいな物語です。
#ざっくりすぎて怒られるやつ
#詳しくは検索を
本気の目標に優劣はない
作品では、悪魔と戦う登場人物の一人ひとりに、「頑張る理由」があります。
たとえばあるキャラクターは、猫を守るため。
あるキャラクターは、悪魔に殺された家族のため(に、悪魔を絶滅させたい)。
あるキャラクターは、憧れの女性の胸を揉むため(もとは少年漫画なのでこういう要素も随所にあります^ ^;)。
最後のキャラクターが主張する「胸を揉む」という目的が、ふざけていると思われて、
より “真剣に” 悪魔と対峙しているメンバーと仲間割れが起こるのですが、
実は本人にとっては、胸を揉むことは、これまで生きてきた地獄のような世界でつかんだ、
たった1つの生きがい、生命の証明のようなものなのです。
本人が本気で抱きしめている夢や目的に、
偉い/偉くない
優れている/劣っている
価値が高い/価値が低い
そんな判断軸は必要ないんだな、と、改めて教わった気がします。
自分にとっての本気の目標は?
社会生活の波を泳いでいると、自分にとって本当に大切な目的って、すぐどこかに流されていっちゃうんですよね。
流されていって穴があいたところに、「お金のため」とか、「名声を得るため」とか、
そういう、世間的になんとなく良いとされる目的がスルッと入り込んでしまう。
自分は何のために頑張るのか。
自分にとって大切なのは何なのか。
もう一度、自分の生きる目的を、
「胸を揉む」くらいのレベルで明確に言語化してみたいな、
と、そんなふうに思ったことでありました。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。

