繊細な娘と、自称「鈍い」母
娘さんの場面緘黙と不登校にお悩みの親御さんのお話を伺う機会がありました。
ママさんは、
「自分は鈍感だから」
「ニブいから」
と、ずっとおっしゃっていました。
自分が鈍感だから繊細な娘の気持ちに気づけなかった、
自分がもっと違う育て方をしていたら今こんなふうにはなっていなかったのではないか、
と。
本当はママも繊細
お子さんが不登校になると、親御さんがご自身を責めてしまうことはありがちなのですが、こちらのご家庭の場合、お子さんへのアプローチはとても充実していました。
むしろ、気になったのは、ママさんご自身のこと。
本当は、ママさんもすごく繊細な方なんじゃないかと感じたのです。
ご自身の幼少期のエピソード、お子さんの様子を説明してくださる言葉選び、お子さんとの関わり方、日常生活のエピソード、その場で行った体感ワークの感じ取り方、などなど、、、
どれもこれも、繊細な感覚を思わせるお話ばかりでした。
自分で自分に与えている設定がある
この方は、自分をあえて「鈍感」と設定することで、自分を守ってきたのかもしれないな、と思ったことです。
「鈍感な自分」なら、見なくて済むこと、感じなくて済むこと、心を揺らさなくて済むこと、たくさんありますから。
こういう人、結構多い気がしています。
生活の困り感がなければ、自分を繊細と表現しようと鈍感と表現しようと、どっちでもいいと思います。
自分は繊細なのか、鈍感なのか、全部自分で決めていいのですから。
大切なのは、自分で自分を設定していることに気づくこと。
そして、その設定はいつでも変えられると知っておくこと。
(ちなみにわたしも、昨年から「人前で話すのが苦手」設定と、「運動音痴」設定をやめると決めました。)
あなたの設定は?
あなたは、ご自身にどんな設定をしていますか?
その設定は、かつてはあなた自身にとって必要なものだったと思います。
でも、今は?
今は、その設定、必要ですか?
かえってあなたを縛るものになっていませんか?
時には、ご自身の設定を見直してみるのも良いかもしれませんね。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。