こんにちは。三輪堂です。
面白く生きる連載、207通目です。
207-1 ▼ 他人と家族は全く違う存在
昨日は、子供の話を10分聞こうとしたらそれが思った以上に難しかった、という話を書きました。
今日はそれに関連して、ちょっと思ったことを書かせていただきます。
そもそも、他人と家族は、良くも悪くも、全く違う存在です。
他人には当たり前にできることが、家族には全然できないことがあったりするし、その逆もしかりです。
療育研究の第一人者で、ピタリピタリとツボを押さえたアドバイスをしてくださるような素晴らしい先生方でも、ご自身の育児ではなかなか素直に我が子を見られない、人にはアドバイスするけれども自分は全然できていない、などと発信されていることがしばしばあります。
こんな立派な先生方でもそうなんだなあと思うと、比べるのもおこがましいですが、ちょっと励まされる自分がおります。
207-2 ▼ 我が子に接するときの心構え
他人とか家族とかの関係性に関係なく、誰にでも素直に態度を変えずに接することができるのが理想だとは思うのですが、
少なくとも今の自分は、家族に対しては、仕事でひと様に接するようには接することができないと思ったほうが良さそうだなと思っています。
家族には自分の嫌な面も甘えの面も、みんな出ちゃってる感じがしますので。。。
ということは、子供に10分間まるごと向き合うときには、ある意味で他人に接する心構えを作ってから接するのも一つの手なのかもしれません。(他人行儀にするという意味ではなく、自分のマインドの切り替えという点でです。)
だってお客様とお話ししている最中に、話を聞きながらメールを打ったりはしないですものね。。。
そんなことを平気でするのは、やはり家族への甘えです。
昨日書いたように環境設定を工夫するのも、家庭という自分にとって甘えが出やすい世界をちょっと変える効果があるのだろうと思います。
207-3 ▼ 我が子だからこそうまくいかないことがある
ひるがえって、療育相談でお子さんについてお話を伺う時も、親御さんは
(自分は子供にもっとこうしてやりたいのに全然できていない)
(優しくしてあげたいのにいつも怒ってしまう)
(思うように接することができていない)
などと思われるかもしれないのですが、どうぞ安心していただきたいなと思います。
我が子や家族に接することは「別物」だからです。
きっとあなたも、よそのお子さんに接する時は、辛抱強く、寛大で、丁寧に、根気よく、接することができるのではないでしょうか(^ ^)
よそ様に接する時とは同じようにできなくて当たり前だから、何も気にせず、安心してお話しいただきたいなと思います。
本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。