こんにちは。三輪堂です。
面白く生きる連載、195通目です。

195-1 ▼ 課題が遂行できない時の捉え方

昨日は、(私事ながら)虫歯治療と歯科医院そのものという切り分けはできているのに、予約電話がなかなかできない、という話題で終わりました。

何かの課題に向かおうとしているのにそれが遂行できないという時、一つの捉え方としては、

・その課題が大きすぎる
・取り組むための手がかりがなさすぎる

と考えてみることができます。

たとえば、切り立つ崖に向かって、さあ登れ!と言われても困ってしまいますが、その崖に階段が切ってあれば、一歩ずつでも歩いて行こうという気になれますよね。
また、いくら階段でも、あまりにも高い崖を何千段もの階段で上るのはウンザリしてしまいますが、無理のない高さならばちょっと上ってみようかと思えます。

というわけで、療育現場では、お子さんの課題への取り組み姿勢を見ながら、作業を細かいステップに区切る(崖に階段を切る)、難易度を調整する(高すぎる崖に登らせない)、といった支援を行っていくわけですね。

195-2 ▼ 繊細に捉えるほど細かく区切れる

中でも、課題を細かく切ることは、支援者の認識力が活きてくるところだと思います。
その人が課題の本質をいかに細かく繊細に捉えているかで、区切り方がまったく変わってくるからです。

たとえば、自分が療育の勉強を始めて最も衝撃を受けたことの一つが、数字の学び方でした。
ものの個数をなかなか数えられるようにならないというご相談から数の教え方を考えるようになり、そこで初めて数の概念の繊細さと奥深さに触れ、ただただ驚いたものです。

自分の側の数の捉え方が変化してみると、数の概念を獲得しつつある子供たちの言動が、今までと全く違って見えてきます。この子は今、数のこういう側面をこういう風に楽しんでいるのだな、この行動は数のこういうところにつながっていくな、と、一つひとつの姿の解釈が変化します。
自分が今まで捉えていた数というものがいかにざっくりと粗削りでおおまかであったか、子供たちに気づかせてもらいました。

そうなってみると、「数がわからない」というご相談への回答は、その子が実際のところ何をどこまでできているのかを確認しなければ答えられず、答えるにしても膨大な枝分かれパターンが想定できることになり、この質問は非常に答えにくい質問の筆頭になったのですが(^ ^;)、それはまた別の話。

195-3 ▼ 認識力とパフォーマンスの関係

身体の原理原則から見ても同じことが言えます。自分自身の身体に対する認識力が繊細になれば、それだけで身体の動かし方もパフォーマンスも変わってくるのです。

たとえば腕を90度にあげてくださいと言われて、あなたは90度にあげられるでしょうか?なんとなく横にはあがるでしょうけれど、90度ぴったりと言われると?

日常生活なら、ざっくりとした手足の動かし方でも大して支障はないかもしれないのですが、これが野球選手ならどうでしょうか。バットを持った腕を自分の思った通りの位置に正確に構えられなければ、正確にボールを打つことはできませんね。
認識力がパフォーマンスに直結する例です。

療育でも、その子の現在地を明確に認識して、それに対して適切な難易度と細かさに調整した課題を設定できれば、その子は一歩ずつ階段を上っていくことができます。
支援者の繊細な認識力が、お子さんのパフォーマンスを引き出してくれるのですね(^ ^)

以上、身の周りの物事で、なかなか手がつかない、やろうと思ってもうまくいかないということがあれば、対象を繊細に捉え直していくのも一つの手ですよ、というお話でした。

・・・というわけでこれからわたくしも、虫歯を治療するという事象を繊細に認識し直してみようと思います(まだ予約の電話はできていません(-_-))。

本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。