お茶をいれて飲んだはずが
先日、我ながらちょっとびっくりしたことがありまして。
わたくし、仕事中にはいつも、保温ポットにティーバッグを入れてお茶を飲んでいます。
ポットにはちょうど1リットル入るので、お湯を1リットル沸かして、ティーバッグを1つ入れて、薄めのお茶を作るのですが
その日も何気なくお湯を沸かして、ポットに移して、お茶を用意しました。
飲み始めて、(今日はやけに味が薄いな)と思いました。
が、気にせず2杯目を飲みました。
飲みながら、(今日はやけに色も薄いな)と思いました。
ここでハタと気づいて、ポットを開けてみたら、
案の定、ティーバッグが入っていませんでした。
つまりわたしは、ただの白湯を、(味が薄いな)(色が薄いな)と思いながら飲んでいたわけです。
#そりゃ薄いわ
お茶という情報を飲んでいた
いやはや、お茶とお湯の違いなんて1口でわかりそうなものなのに、
2杯も飲むまで気づかなかった自分には驚きました。。。
実際には白湯を飲んでいるのに、お茶を飲んでいると思い込んでいて、
舌で感じる情報よりも、頭が思い込んだ情報を追いかけていたわけですね。
わたしはこの2杯の白湯を飲んでいた間、ただ「お茶という情報」を飲んでいました。
#ある意味すごい
思考優位は効果的だが落とし穴も
こういうことって実は結構よくあって、たとえばよく知られたプラセボ効果もその1つです。
よく効く薬だと思い込んでいれば、うどん粉を飲んでも胃潰瘍が治っちゃう、みたいなやつですね。
治療効果を期待して意図的に使うならまだしも、日常生活であまりにも情報が勝ってしまうのは、ちょっと問題があります。
それは身体の感覚をないがしろにしているのと同義ですから。
頭の情報は、本当に無自覚に、無意識のうちに滑り込んできます。
「何気なく」「ながら」で行動していると、身体の感覚よりも頭の情報が優位になりやすいですね。
わたし自身も、改めて、自分が思考優位になっていたことに気づかせてもらいました。
あなたが飲んでいるそのお茶は・・・
あなたも、スマホでこの文章を読みながら口に運んでいるそのお茶が、
本当にお茶だと、確信を持って言い切れますか? (^ p ^)
そのお茶は、どんな色をしていますか?
そのお茶は、どんな香りですか?
そのお茶は、どんな味ですか?
カップの手触り、唇に触れる感触、口の中に流れ込む液体の勢い、温度、無意識に吸い込む動き、、、
あなたは今、どんな感覚を追いかけていますか?
わたしたちの身体は、頭が思い込む情報とは比べ物にならないほど、膨大な量の情報をキャッチしてくれています。
いつもと同じお茶をいつもと同じように飲んだとしても、身体にとっては、飲むたびに違う体験です。
時には、頭の情報で上書きせず、
全身全霊で目の前のお茶を味わう機会を持ってみるのも、良いかもしれませんね (^ p ^)
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。

