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感情に向き合ったら、味の感度が上がった!?

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深海ツアーは16日で締め切ります

先日ご案内した「深海ツアー」ならぬ、言いたいことを言う瀧本を覗き見していただくプライベートグループについてですが、1月15日現在、16名の方に参加していただいております!

とりあえず一カ月限定、1月末までやってみて、その先どうするかはその時点での流れで決めようと思っています。

ご参加はいったん16日いっぱいで締め切ります。

覗いてみたくなったら以下までメッセージをどうぞ!

言いたいことを言うって難しい

さて、「言いたいことを言う」といっても、これが意外と難しいものでして。。

今までずーっと、できるだけ自分の内面を人にさらさないようにして過ごしてきたので、無意識のうちに自分の感情を自分の内側で処理するクセがついています。

その処理プロセスを一つひとつ分解してみるだけでも、自分がどうやって感情の始末をつけていたのか、ずいぶんと気づきがありました。

今は、自分の感情を「こんなこと言うまでもない」「こんなことは大したことではない、どうでもいい」というフォルダにとっさに分類してしまいそうになるのを止めて、ちゃんと言葉にして表出してみるという練習をしているようなものです(^ ^)

療育でも「気持ちを言葉にする」ことは高度な課題の一つですが、大人が改めてやってみても、やっぱり難しい部分があるんだなあと、改めて実感しています。

感情に向き合ったら、味の感じ方が変わった

そうやって感情に丁寧に向き合うようになってみると、驚いたことに、まったく違う部分での感覚の深まりを感じた体験がありました。

それは、「味」についてです。

どういうことかというと・・・

ビールを陶器のカップで飲んでみたら、おそろしくマズかったのです(;゚д゚)

ビールをまずくしたカップとは

ビールがマズかった陶器のカップとは、こちらです↓

いつもコーヒーや紅茶を飲むのに使っているものです。

別に、なんてことない、普通のカップです。

ビールを入れたからってそんなにマズくなりそうには見えないですよね~??(´・_・`)

それぞれに合う器があるとは言いますが

お酒を飲むには、それぞれにふさわしい器があるとされていますね。

日本酒はおちょこ、シャンパンはフルートグラス、ウイスキーはオールドファッションドグラス、といったようにです。

わたしももちろん、こうしたことを知識として知ってはいましたが、自分自身が飲むときはまったく気にしていませんでした。

ビールを缶からそのまま飲んでも気にならないし、ワインを湯呑で飲んでも平気でした(^ p ^)

もちろん、器の形状によって、液体の動きも香りの立ち方も違うのは当然なので、味わいも変わるだろうとは理解できます。

でも、自分にとってはさほど大切な要素ではなかったので、器による味の違いをキャッチしようとしたことはありませんでした。

器を変えたらビールの味が変わった

そのくらい味に無頓着な自分が、何気なくビールをさきほどの写真のカップに注いで一口飲んだら、思わず手が止まるほどマズかったんです。

あまりにマズかったので(マズいを連呼しすぎですねw)、もしかしたら自分の体調などが影響して、味の感じ方がいつもと違うのかも、と思いました。

なので、試しに、ビール専用のグラス(某有名ビールを買ったときにオマケでもらったもの)に注いで飲んでみました。

こちらは実に美味しいではありませんか。。

飲み物の味って器次第でこんなに違うのか! と、初めて実感した次第です。

デフォルトの感度が上がっている

今回面白かったのは、「味をキャッチしようとして意識して飲んだから味の違いがわかった」のではない、ということです。

「何気なく飲んだ瞬間に味が違った」ことに、驚いています。

これは、自分の「当たり前の状態」「デフォルト」の感覚が、今までになく繊細に開いていたということを意味するからです。

意識してやろうとする/意識せず自然とそうなっている

感じようと思って感じるのは、ある意味、簡単です。

もしあなたが、目の前に3種類のお茶を並べられて、「AとBとC、どのお茶が一番甘いか教えてください」と言われたら、一つひとつを丁寧に味わい分けて飲もうとしますよね。

意図的に味の感度を高めた状態です。

その状態でなら、誰でも、3種類の違いを味わい分けることができます。

でも、たとえば仕事中に、パソコン画面に半分気を取られながらほぼ無意識に飲んだお茶を、「今のお茶、甘かった?苦かった?」と聞かれたとしたら、どうですか?

(え、甘い? 苦い? どうだったっけ?)

って、なりませんか?(^ ^)

このように、意識してやろうとすることと、特に意識していないのに自然とそうなっていることとは、まったく違う現象なのです。

感情に向き合ってみたら起きたこと

特に意識して感じようとしていない「当たり前」で「普段通り」の状態で、

今までなら感じられなかった味をとっさに「マズい」と感じ取ったのは、

わたしが今までよりももっと細かい目盛りで味を捉えているということだと思います。

目盛りの細かさについては、こちらの記事でも触れましたので、よかったらご参考に。


感情に向き合うと、いろんな感覚が開いていくみたいです。


それでは、今回はこのへんで。

またシェアさせていただきます。

いつもあなたに明るい風が吹きますように。

言いたいことを言う瀧本を覗き見したい方はメッセージください
16日23:59まで

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この記事を書いた人

楽しい療育の三輪堂 主宰

身体の原理原則で、育児も人生ももっと面白く。

ふとしたきっかけでゼロから独学で療育を学び、療育の知恵はあらゆる人に当てはまる人生の知恵であると確信。従来の療育知識に整体・武学体術・エッセンシャルオイル等を取り入れ、身体の原理原則にもとづいて無理なく心身を活かす道を提案中。日常生活のすべてが学びになり、よりよく生きるヒントに変わる生き方を実践しています。

活動フィールドは、情報発信・執筆・オンライン療育相談・身体と心のつながりを深めるセミナー・エッセンシャルオイルと整体を組み合わせたケア・志を発信する媒体作成など。

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