690-1 そうなってみて初めて、そうでなかった自分がわかる
前回は、他者に過干渉してしまうのは、一つには、相手を信頼していないから、そして、相手と向き合う自分というものをも信頼していないから、と書きました。
世間を信頼していなければ自分の枠組みから出られないし、子供を信頼していなければ手も口も出したくなってしまうのも当然です。
それがわかるようになったのは、身体の原理原則を通して、自分自身の身体を少しずつ信頼できるようになってきたからです。
自分を信頼できるようになって初めて、これまで自分を信頼していなかった自分というものを振り返って見られるようになりました。
690-2 自他への信頼
自他への信頼というものは、一気に備わるものではなく、段階を追って深まっていくものです。
重度の知的障害と自閉症をあわせもつお子さんの親御さんが書かれたものにこんな一文がありました。
お子さんの不適応行動に悩まれた末にたどり着いた心得として、
「本人が選んだこと、決めたことには口も手も出さず、うまくいかないときのイライラや葛藤も取り上げないようにした」
と書かれていたのですが、これを拝見したとき、「うまくいかないときのイライラや葛藤を受け取る自由」も本人のものなのだな、と改めて気づきました。
わたし自身、「選択し、行動する」というステップまでは子供に任せられるようになってきたのですが、結果を(それがどのようなものであれ)受け取るという部分は、まだ子供を信頼しきれていなかったようです。
690-3 今ここから進んでいく
拙宅の子供は勝敗受容が苦手で、何かに失敗したときには大変なかんしゃくを起こします。
それを見ているとついこちらもイライラしてしまうのですが、、、
「うまくいかないときのイライラや葛藤」も、本人に任せてやるべきだったのですね。
本人と一緒に、親としての自分も感情コントロールの練習中です。
どれほど育児療育の勉強をしても、自分の育児となるとからっきし、何も見えなくなることばかりですが、どんなに焦っても悩んでも、どこかに行きたいと思ったら「今ここ」からスタートして進んでいくしかありません。
どこまで行ってもきっと未熟で未完成な自分と向き合いつつ、周囲の皆さんに教えていただきつつ、そんな毎日を楽しみつつ、少しでも皆さんのお役に立てるように、一歩ずつ進んでいけたらと願っております。
本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。