こんにちは。三輪堂です。
面白く生きる連載、161通目です。
161-1 ▼ くらげ師匠の登場
昨日は、思考だけに頼って生きていた瀧本が、とある講座に参加して衝撃を受けたというところまで書かせていただきました。
そこで出会ったのが、この連載にも度々登場するくらげ師匠です。
師匠はまず、その場の参加者の一人を前に呼び出して、その人の身体に「ある触れ方」をしました。するとその人の身体の動きが明らかに変化します。
さらに、会場の隣席同士の参加者でペアを組ませると、師匠がやったのと同じ体感ワークをやるように指示しました。
すると、初めてその場で会った人同士、初めてその体感ワークをやった人同士であっても、師匠がやったのと全く同じように、身体の動きに変化が出ました。
会場はワッと沸き立ちます。
「何これー?」
「すごーい!」
そんな声があちこちで上がり、それまでどちらかというとくらげ師匠のことを(この人、誰?)と一歩引いて見ているような、ちょっと冷たいくらいの雰囲気だった会場の空気が、一気に変わりました。
161-2 ▼ 3つの観点
瀧本はもう、大混乱でした。
そもそも身体の動きを比較するという評価基準自体が自分の中に存在していなかったので、身体の動きがこんなにも変化し得るということがまず驚きでした。
比較のために使っていた動作は、「腰を起点にして上半身を左右に揺らす」「その場でジャンプする」といった、ごくシンプルなものです。
それが、師匠の言った通りの触れ方をすると、左右の振れ幅が深く大きくなったり、ジャンプの高さが倍ぐらい高くなったりするのです。
しかもそれは誰がやっても同じ結果になる。プロの師匠だからできるというわけではない、初心者同士がやっても同じことが起こるのです。
この時、師匠が提示したのは、
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柔らかいvs硬い
関心vs無関心
感じるvs考える
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この3つの比較でした。
161-3 ▼ 衝撃の中で閃いたこと
柔らかく触れるか、硬く触れるか。
相手に関心を向けるか、向けないか。
感じながら物事を受け取るか、考えながらやるか。
たったそれだけの違いで、上半身の揺れやジャンプの高さが大きく変化するのです。
自分が気づいていなかっただけで、自分の身体はこれほどまでに素直に変化し、大きな反応を返してくれていたのか、、、
特に、自分が今までよりどころとし、他の人よりも多少は優れているかもしれないと(実に未熟で愚かなことながら)誇っていた思考の力が、本来の身体の力を引き出すという意味ではまるで逆効果だったと体感してしまったことは、大きな衝撃でした。
当時わたしは30代前半でしたが、それまで生きてきた30数年間の常識がガラガラと崩れ果てて、今まで自分がすがっていたものが全部壊れてしまったかのようでした。
その驚きの中で、打たれたように閃いたことがあります。
それは、療育に関する、あることだったのですが、、、
続きはまた明日書かせていただきますね。
本日は以上です。
それでは、また。
いつもあなたに明るい風が吹きますように。