こんにちは。楽しい療育の三輪堂を主宰する瀧本三輪子です。
このページをご覧いただき、ありがとうございます。

以下は、楽しい療育の三輪堂 主宰 瀧本三輪子の自己紹介です。

 

sanrindou

 

ゼロから15,000人へ

わたしはひょんなことがきっかけで療育に関わるようになり、独学でゼロから療育について学び、支援知識の情報発信や、オンラインでの療育相談、保護者・支援者向けのセミナー等を個人で行ってきました。

教員免許、臨床心理士資格等、教育や療育に関する資格は所持しておらず、専門の勉強もしたことはありません。
全て書籍等からの独学と、自分自身の育児体験(2児の母です)から知見を身に付けました。

2011年から療育の活動を始め、今までに約15,000名の方々に療育・育児・人生のヒントをお伝えしてきました。
療育分野にとどまらず、人間関係やパートナーシップ、仕事についてなど、人生丸ごとのご相談をうかがっています。
微力ながら少しでも多くの方のお力になれればと日々精進し、勉強を怠らず、研鑽を重ねています。

療育がうまくいくご家庭とそうでないご家庭

開始当初は、正確な療育の知識を広めることに注力していましたが、活動が深まるうちに、

「知識をお伝えすれば療育がうまくいくご家庭」
「知識はあってもなぜか療育がうまくいかないご家庭」

この2つのご家庭の違いに気づくようになりました。

「療育がうまくいくご家庭」は、一つ知識をお伝えすれば、ご家庭なりにそれをアレンジして次々に課題を解決し、ご家族みなさんで力強く前進していかれます。
もちろんうまくいく時ばかりではなく、不安や悩みは当然あるのですが、それでもこれらのご家庭には、常に明るい前進の空気があります。

「そうでないご家庭」でも、一つひとつの療育支援自体がうまくいかないわけではありません。
問題行動が減ったり、学習がスムーズに進んだりなど、良い結果は出ているのです。
ところが、それで保護者が安心するかというとそうではなく、次から次へと新しい困りごとが起こり、ご家庭の焦りや不安は強まるばかりです。

 

はじめは、療育がうまくいかないのは、自分の知識がまだまだ足りないせいだと疑いました。
ご家族がどんな困りごとに出会っても、わたしに知識の引き出しがたくさんあれば、Aの方法がだめならB、BがだめならCと、ご家族に合う支援方法をどんどんご提案できると考えたのです。
そこで、毎日必死に本を読み勉強し、支援の引き出しを増やし続けました。

また、自分に親御さんの気持ちを支える力があれば、と考えました。
親御さんの不安な気持ちを大きく包み込み、和らげてさしあげられれば、療育に良い影響があるのは当然だと思えたのです。
そこで、療育とはいったん視点を変えて、コンサルティング、整体、武学体術、古神道、エッセンシャルオイルなど、さまざまな分野の第一人者に教えを乞い、さまざまな角度から人をサポートする方法を模索しました。

最終的には、ご相談に対してとっさに複数の支援方法を思いつけるようになり、お子さんの発達段階に応じてどんな順番で練習を進めていけばよいか、何通りものパターンを想定できるようになりましたし、親御さんと少しやりとりをしただけで
「ああ、このお宅はきっとそんなに心配いらないな」
「このお宅はちょっと苦労するかもしれないな・・・」
そんなことすら、直感的にわかるようになってきました。
(そして大体当たります。)

ここまで来る頃には、こんな確信が生まれていました。

療育がうまくいくためには、知識はあるに越したことはないが、さほど重要ではない。
保護者が自分自身の心身と素直に向き合っていれば、療育は勝手にうまくいく。

「それだけで終わってしまう」支援

その確信にたどりつく以前のわたしは、Aの問題行動にはこの支援を、Bのトラブルにはこの働きかけを、といったように、一つひとつの課題を切り離して、解決策を当てはめようとしていました。
あたかも、風邪を引いたら風邪薬、頭が痛ければ頭痛薬、といったように、特定の病状に特定の薬を当てはめるような考え方で行動していたのです。

この方法にもメリットはあります。
風邪薬を飲めば風邪の症状が改善するのと同じで、目の前の問題行動はかなりの確率で改善します。

一方で、大きな問題も残ります。
それは、「それだけで終わってしまう」こと。

親御さんは、ご自身の働きかけによって問題行動が改善したことに満足されますが、多くの場合、形を変えて、何かしらの問題が再び表れます。
そこでまた、新たな問題に対して支援を行い、その行動は改善され、安心したところに、また問題が表れ、また支援を行い、また・・・
このような関わり合いが延々と繰り返されます。

一つひとつの課題を切り離して支援を行っていると、標的とした課題は解決しても、「それだけで終わってしまい」、全体的な状況の改善にはつながりにくいのです。
知識を重視していたわたしは、なまじ一つひとつの課題は解決するように見えるだけに、支援が「それだけで終わっている」ことに気付くのに、ずいぶん時間がかかりました。

支援に必要不可欠なもの

「それだけで終わっている」支援に気付いてからは、一体何が療育の成否を分けているのかを探り続けました。

知識はあるに越したことはないけれど、それだけに頼っているのでは不十分である。
では、何が足りないのか?
何があれば療育がうまくいくのか?

たくさんのご家庭からお話を伺いながら、夢中で考えました。
コンサルティング、整体、武学体術、古神道、エッセンシャルオイルなど、さまざまな分野の学びを深めたのもこの頃です。

 

そして、ようやく見つけたのは、

人生の土台にある、明るい肯定感

でした。

 

どんなご家庭にでも、焦りや不安はあって当然です。
それでも根本的なところで、お子さんや自分自身を前向きに受け止め、受け入れているかどうか。
お子さんの可能性を信じ、成長する力を信じ、今はうまくいかないことがあるように見えてもぐっと飲み込んで、大きなまなざしで見守っているか。
どんな物事も長い循環で見れば必ずうまくいくことを信頼しているか。

これができているご家庭は、療育支援でも何でもうまくいきます。
育児・療育を通して、お子さんも親御さんも自分自身の本質と向き合い、それぞれの才能を発揮し、人生の良い流れがどんどん加速していきます。

良い流れに乗るための2つのポイント

「肯定感を持つ」と言うと、
(ポジティブに考えなくちゃいけないのかな・・・)
(グチなんて言ったらダメなのかな・・・)
などと負担を感じる方もいらっしゃるようです。

また、自分には肯定感など持てないと諦めているような方にも時々お目にかかります。
ご自身がご両親に適切な関わりを受けてこなかったと感じている方(虐待、束縛など)、育児がうまくいかないのは自分のせいだとご自身を責めておられる方などに、特によくお見受けします。

が、人生の根本に肯定感を持つということは、決して難しいことではありません。
肯定感を持とうと考える」のではなく、「勝手に肯定感が沸くように仕向ける」のです。

 

明るい肯定感を持つために大切なことは、たった2つです。
それは、

◆身体と心をゆるめること
◆志(目的意識)を持つこと

これだけです。

まずは自分の身体をゆるめます。
すると、つられて勝手に心がゆるみます。
その状態で、できるだけ次元の高い志を立てます。
あとはひたすら、心身のゆるみを維持し、志に向かって進み続けます。

「肯定感を持とう」
「ネガティブな意識を消そう」
などと、努力する必要は一切ありません。

 

身体と心をゆるめる。
志を持つ。

これこそが、療育が本質的にうまくいくために、絶対に欠かせない働きかけです。

身体と心をゆるめる

療育とは、何か特別に存在する働きかけのことではなく、相手に合わせて丁寧に配慮した関わりのことです。
自閉症だからこうすればよい、ADHDならこうすればよいといった特効薬は存在しません。
(多くの方に共通して効果的な支援は存在しますが、支援手法が先にあるのではなく、お子さんの様子ありきで支援を考えなければ、療育はうまくいきません。)

お子さんの様子に合わせた関わりを行うためには、相手の様子を素直に受け取る感性が必要です。
それがうまくできる保護者は、自分自身の様子も素直に受け取れる感性を持っています。
これがすなわち、心身がゆるんだ状態です。

身体をゆるめるということは、無駄に緊張している身体のこわばりを解き、身体の心地よさと素直に向き合うことです。
自分自身の心身と素直に向き合い、心と身体が感じることを素直に受け取って行動していれば、勝手に肯定感が沸いてきます。
肯定感、信頼感、穏やかな感じ、落ち着いた感じ、ゆったりと呼吸が深まる感じ、リラックスした感じ、明るく前向きな感じ・・・
人によって感じ方や表現が異なることもありますが、明るく穏やかで、ゆったりと落ち着いて呼吸ができる感覚になります。

保護者がこの状態で過ごしていると、お子さんのちょっとした反応を敏感に受け取って、言葉では表現しきれないようなきめ細かなサポートができるようになります。

志を立てる

レストランに入って黙って座っていても、料理は出てきませんね。
ハンバーグをくださいと注文しなければ食べたいものは手に入らない、これは誰でも知っていることです。

療育・育児・人生でも同じこと。
ただ漠然と毎日生活していても、時間は流れ、子供は育っていくように見えます。
ですが、療育とは「相手に合わせて丁寧に配慮した関わり」のことでしたね。
相手に合わせて丁寧に配慮して関わるためには、相手の様子を知ることと同時に、相手と一緒にどこを目指すのか、目標が必要です。

目標というと、すぐに思いつくのは
「ひらがなが書けるように」
「計算ができるように」
といったものではないかと思います。
このように短期的な目標や課題設定ももちろん効果的ですが、人生の流れをさらに加速させるためには、できるだけ抽象度の高い目標を設定しましょう。

親子でどこに進みたいのか?
どんな育児をしたいのか?
どんな自分になりたいのか?

育児・療育の勢いを加速し、本当の意味で成功するための、抽象度の高い目標設定。
わたしはこれを「志を立てる」と表現しています。

「期待」と「信頼」

育児中のお母さん・お父さんは、お子さんに対して、(誤解を恐れずに強い言い方をすれば)過剰な期待を抱くことが間々あるように思います。

たとえば、あなたがアサガオの種を植えたなら、その種からヒマワリが咲くことは期待しないですよね。
ただアサガオが咲くことを無意識に信頼して、気長に開花を待つでしょう。

ところが育児・療育では、子供がいつ・どんな花を咲かせるか、植物のようにわかるわけではありません。
だからこそついつい、大人の(また強い言い方をすれば)自分勝手な期待や不安が、育児の中に入り込んでしまうのです。

育児・療育に悩みが多く、育児をしている自分自身を良いものだと思えない方は、この「過剰な期待」に捉われていることが多いように思います。

(1年生になるのだからひらがなくらい書けるようにならなくては)
(周囲の子はみんなできているから、うちの子も早くできるようになってほしい)
等、等・・・

大人の目から見れば、一般的な発達段階に相応の発達を我が子にもしてもらいたい、あれもこれもできるようになってもらいたい、と思うのは当たり前。
その思いは決して悪いものではありません。

でも、その思いがお子さんをも親御さんご自身をも苦しめてしまうことがあります。
それは、親御さんの思いが「期待」になっている時。
「期待」は、思いの軸が自分にあります。
だから、自分の思い通りにならないと、相手に腹が立ち、お子さんにイライラしたり、責めたりしたくなるのです。

「期待」は、アサガオの種からヒマワリが咲くことを望むようなものです。
この場合、期待通りにヒマワリが咲かないからといって腹を立てたら、ちょっと自分勝手に思えますよね。
期待をするのは自分の自由ですが、それが実現されるかどうかまでは、自分でコントロールすることはできないのです。

その対極にある思いが、「信頼」です。
「信頼」は、思いの軸が相手にあります。
自分の思いを相手に押し付けず、相手の育つ力を信じて、任せます。
だから、自分の思い通りに物事が進まない時でも、相手のタイミングに任せてゆったりと見守ることができます。

アサガオの種からはアサガオが生える。
ヒマワリの種からはヒマワリが咲く。
素直に、自然のあるがままの在り方を受け入れるのが、信頼の姿です。

「期待」が強いと、わたしたちの心身はかたまり、こわばります。
「信頼」が活きていると、わたしたちの心身はゆったりとゆるみます。

 

育児・療育において、ついお子さんに期待しがちな方は、目の前のお子さんの様子を丁寧に見つめながら、

この子の発達段階はそこまで到達しているか?
この子の能力を超えていないか?
この子本人はそれを望んでいるか?

こう見直してみると良いかもしれません。

自分の本質と向き合う

大人でも子供でも、どんな人にでもいえることですが、人にはそれぞれ、天から与えられた自分の本質的な姿があります。
植物の種が適切に育てられればきっと芽を出すのと同じように、わたしたちの本質も適切な働きかけを受ければ、大きな才能として花開きます。

これは、誰でも何にでもなれる、という意味ではありませんし、頑張れば必ずどんな結果でも出せる、という意味でもありません。
わたしたちは、頑張れば誰でもピカソやベートーベンやイチローになれるでしょうか? そうはいきませんよね。
その人自身の心身の特性に応じた成長・発達のスタイルは、確かにあります。

アサガオならアサガオらしく、ヒマワリならヒマワリらしく、できる限り大きく美しく花を咲かせること。
これが、アサガオの才能の発揮の仕方、ヒマワリの才能の発揮の仕方です。

人の生き方ということを考えた時、その人がもともと持って生まれた個性・才能・本質を、精一杯に大きく、美しく花開かせることを目指すのが、理想の一つではないでしょうか。
育児・療育においても、お子さんが本来持っている在り方の中で、精一杯に大きく、明るく、強く、美しく花開くようにサポートしてあげるのが、楽しい育児であり、楽しい療育だと考えます。

すべてタイミングがある

人生の物事にはすべて、ふさわしいタイミングがあります。

たとえば子供たちの心身の成長・発達にも、必然的なタイミングがあります。
心身の成長・発達とは、階段を一段ずつ上っていくようなものです。
どの一段にもそれぞれの特別な意味があり、すべてが必要なステップです。
子供たちは、いま自分にとって必要なステップをしっかりと踏みしめ、その発達段階で必要な刺激を十分に受け取れば、自分から階段を上って次のステップを目指します。
一段飛ばし・二段飛ばしで発達の階段を上ることは不可能ですし、もしも無理に一段飛ばしをしようとすれば、大変な困難と苦痛を伴うでしょう。

これとまったく同じことが人生にも言えます。
わたしたちの人生には、誰にとってもすべて、必然的なタイミングがあるのです。

たとえば、たまたま今は育児がうまくいっていない、本質的にうまくいくような療育ができていない、などと感じられるご家庭があったとして、それは決して悪いことではありません。
ご家族がご自身を責める必要も一切ありません。

どんなご家庭にもそのご家庭の歴史があり、タイミングがあります。
今はたまたま霧の中を手探りで歩いているかもしれませんが、霧の上には太陽が輝く穏やかな青空が広がっています。
深く暗い森の中をさまよい歩いているように感じられても、森を抜けた先には、明るく豊かな世界が待っているでしょう。

いつどんなタイミングで霧が晴れるか、森を抜けるかは誰にもわかりません。
わたしは、すべての物事があなたとご家族にとって必要なものであることを信頼して、よい流れをさらに加速し、森を抜けるまでのプロセスを早めるお手伝いをしたいと心から願っています。

 

あなたやあなたのお子さんが、心身をゆるめ、志を立てて、持って生まれた力を、大きく、明るく、強く、美しく花開かせること。
それが、三輪堂の祈りです。
自分自身の明るい高みを目指して、どうぞご一緒に進んでいきましょう。

 

 

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