タイトルにしたのは、息子に言われた言葉です。
そう言われて、私はとっさに、失礼ねえ!と言い返しました。

 

すると息子は、
「ごめんね(大汗)」
と慌てて謝るのです。

 

その様子を見ていて、息子に悪気があって言ったわけではないらしいことがすぐわかりました。そこで、
「ゴリラってどんな動物だと思う?大きい?かっこいい?」
と質問してみると・・・

 

「かっこいい。シンプルで、かっこいい。」
という返事です。

 

※「ゴリラ=シンプル」とは、ずいぶん奥の深い表現に聞こえますが、4歳児が意味をよく知らずに使っている可能性の方が高いので、深読みはしないようにします(笑)。

 

どうやら息子は、単なる感想として「ゴリラみたい」と言ったようでした。

 

 

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一般的に、「あなたはゴリラのようだ」と表現すれば、悪い意味で受け取られることが多いですね。
私も瞬間的にそう受け取ってしまったのですが、相手が慣習的な表現を知らない可能性をもっと想定しておくべきでした。

 

息子は私の反応を見て自分の失言に気づき、謝りましたが、そうとは気づかないお子さんもいらっしゃいます。そのようなお子さんにうっかり憤りの反応を返してしまうと、お子さんの混乱や苛立ちを呼び起こしてしまう可能性もあります。

 

また、「相手が怒ったらとりあえず『ごめんなさい』と言っておく」というソーシャルスキル(?)を身につけているお子さんの場合、「ゴリラと言う→相手が怒る→謝る」という表面的なコミュニケーションは成立しますが、背景の真意を理解することはできません。そればかりか、見た目上のコミュニケーションが成立してしまっているために指導の機会を逃し、「あの子は何度注意しても相手が嫌がることを言う」といった不当な評価にもつながりかねません。

 

 

お子さんから悪口を浴びせられれば、大人でも腹が立つのは当然です。ですが、子供たちを育む大人としては、ぜひそこで瞬間的な腹立ちを抑え、

 

◆この子は言葉の意味を理解しているか?
◆どういうつもりでこの言葉を使っているか?
◆この言葉によって表現したい気持ちは何か?

 

と考えてみていただければと思います。
どうやら意味がわかっていなさそうだな、と思えたら、それ以上怒らずに、「ゴリラ」が持つ別の意味や、なぜそう言われた相手が怒ったのかということを、丁寧に教えてあげてくださいね。

 

 

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発達に偏りのある方の多くは

 

◆自分で学び取ることが難しい
◆学んだことを自分で修正するのが難しい

 

という特性を持っています。

もしあなたが発達の偏りの少ない方であれば、あなたは「普通に」生活しているだけで、「自然に」学び、学んだことを状況に応じて修正していけます。

息子が私の反応を見てとっさに「ぼくはまずいことを言ったらしい」と感じたように、ですね。

 

発達の偏りの大きい方にはそれこそが最も難しいのだ、ということをぜひ多くの方に理解していただきたいと思います。社会的なトラブルの根の多くがここから来ていると言っても過言ではありません。周囲がそれを理解しているだけで、発達障害の当事者の生活しやすさがはるかに高まることでしょう。

 

私は、個人の多様性を認め合い、お互いに少しずつ主張を押したり引いたりしながら生活していけたら素晴らしいなと思っているのですが、それは要するに「思いやり」です。発達障害の支援とは、日本人が長い文化の中で育んできた「思いやり」の気持ちを、別の角度から広げていくだけだと思っています。そう考えれば、発達障害の支援は何も特別なことでも難しいことでもなくなります。

小学校の学級目標で誰もが必ず目にした「思いやり」の言葉を、ご一緒にもう一度思い出し、再定義していただけたら嬉しいなと思います(^ ^)

 

 

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さて・・・
考えてみれば、霊長類のゴリラと人間が似ているのは当たり前。私は怒る前に、息子の正確な観察眼を褒めてあげるべきだったのかもしれません(^ ^)
ゴリラのように頭が良くて愛情深い動物に似ていると言ってもらえたのは、光栄なことですね!

 

(タキモトってゴリラに似てるのか・・・ぷぷぷ!)と思われた読者の皆さん(笑)、あなたはどんな動物に似ていますか?(^ ^)
よかったら教えてくださいね~(^ ^)/